母になれなかった日
2年前の1月、不妊治療の終結を決断した。
その後すぐ、感情も思考も振り払うように、バイトを始めた。
聞かれたことがある。
「友だちに赤ちゃんができたりしたときに、辛くない?
私は辛かったよ」
==========
偶然にもちょうど、同じタイミングで交際間もない男性と結婚し、私が不妊治療の終結を決断する頃に妊娠の発覚した友人がいる。
年齢もあまり変わらないにもかかわらず、不妊治療を受けることなく、自然妊娠した。
彼女からは結婚前に不妊治療の相談も受けた。
彼女も私と一緒。
自分が不妊かどうかもわからないけれど、年齢的に不妊だろうと思っていた。
でもあっさりと妊娠し、元気な子を出産した。
==========
その共通の知人に聞かれた。
「辛くないの?」と。
正直、辛くなかった。
不妊治療中に夫がアスペルガーであることがわかった。
アスペルガーについて勉強したり、夫をアスペルガーと認識して接するうちに、夫との子育てに確定的な不安があった。
そして思った。
夫との子どもは、アスペルガーかも知れない。
アスペルガーの夫と、アスペルガーの子どもを育てるって、どんなんだろう・・。
わからなくて、わからなすぎて、我が子がすぐそばにいるのに、今よりもっともっと孤独なのだろうか。
==========
どんな子どもでも、どんな状況でも、愛し抜いて育ててみせる。
その覚悟の持てない自分がいた。
・・私は、聖母ではない・・
だから、聖母でない私が母になれなかったとしても、そもそも誰かを羨むような筋合いはないのだ。
==========
けれど。
友人の子どもを見ても、辛い感情がわかないのは。
その前に。
友人の夫を羨んでいるからかも知れない。
日常の会話があって、愛情表現があって、子育てに積極的な旦那さん。
そんな友人の夫を見るほうが、よほどか辛かった。
し。
それは今でも、小さくズキっと痛む。
==========
不妊治療を集結する前、耳鼻科検診に行ったことがある。
待合室には赤ちゃんや幼児が多い。
これもよく聞く。
病院で(産婦人科で、という意味だろうけれど)、他人の子どもを見るのが辛い、と。
実際、私の通う不妊治療専門の婦人科では、子連れ禁止だった。
でもやはり、私が羨んだのは、子どもではなかった。
耳鼻科の待合室で、子どもに話しかける父親の姿だった。
夫は、生まれてくるかもしれない私たちの子どもに、きちんと話しかけられるのだろうか・・。
全く想像できなかった。
想像できるのは、子どもを持て余し、無表情で待合室に腰かける夫だった。
==========
それでも。
1年の月日が少し私を変えた。
変えたというより、1年は「ソレ」をまともに見なくて済むように、はりつめていたのかもしれない。
壊れないように。
見ても仕方ないものを、見ないように。
==========
そして今年の4月。
思いもしない感情が走った。
入園式、入学式シーズン。
バスに乗れば、いかにもなセレモニースーツの母親が子どもを連れて歩く姿が窓越しに見える。
実際にバスに乗り込む。
その時に思う。
あぁ、私は母親にはなれなかったのだ、と。
心のある塊が、ピキッとする。
あぁ、でもあんな、似合いもしないスーツを着る必要もないのだな、なんて自分を慰める。
その繰り返し。
==========
今年5月。
そう、5月は、母の日。
メディアやSNSに流れる『母の日』のエピソード。
私は思う。
「私は一生、お母さんありがとう、と言われることはないのだな」と。
そして思う。
母の日は、私にとっては「母になれなかった日」だな、と。
==========
もちろん、来年の4月、そして5月に同じ感情が湧くかはわからない。
でも、どうだろう。
今年の感情の方が、至極当然、人間らしい感情なのかもしれない。